自己紹介

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バスーンを吹くこと。
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後の
演奏団体 演奏会名 日時 場所 指揮者 曲目
日本IBM管弦楽団 第13回定期演奏会 2008年11月29日(土) すみだトリフォニーホール 手塚 幸紀 ・ グリンカ: 歌劇 「ルスランとリュドミラ」序曲
・ ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第2番 ハ短調
・ チャイコフスキー: 交響曲第4番 ヘ短調
ザ・シンフォニカ 第45回定期演奏会 2009年02月22日(日) すみだトリフォニーホール 大山 平一郎 ・ ブラームス: 大学祝典序曲
・ エルガー: 「エニグマ」 変奏曲
・ メンデルスゾーン: 交響曲第3番 「スコットランド」
ザ・シンフォニカ 第46回定期演奏会 2009年07月19日(日) 東京オペラシティ コンサートホール キンボー・イシイ=エトウ ・ 未定

スーン

私がバスーンと出会ったのは、都立新宿高校弦楽部に入部した時であった。中学校のブラバンでラリネット・ロンボーン・ューバ・楽器をやって、クラリネットは楽器を持っていたからクラリネットで入団を希望したのだが、私が入団をした時期が多少遅かったため客がいた。『どうしようかなぁ…』と思っていたら、たまたまOBでワセオケにいたI先輩がワセオケで使わなくなったボロボロのバスーンをたったの1万円で譲り受け、これを管弦楽部に寄付してくれたばかりだったことがわかった。別の先輩(自らはバソンを吹くS氏)の勧めで、ここに都立新宿高校現役第一号バスーン奏者が誕生したのであった。

その後、S氏の紹介で我が師匠フィルのレッスンを開始した。ひと月に一回行くのが精いっぱいだった。先生の指導は、スケール教則本をベースとした地味なものであったが、この徹底的なレッスンが今の自分に役立っているのは言うまでもない。その時やっているオケのパート譜も見て下さったが、基本的に自分の声で歌えなければ、楽器でも演奏できないというポリシーに則っていたので、しばしば楽器を置いて歌わせられたものである。以来、先生とは20年以上のお付き合いとなる。最近は、時間がある時には、門下生の発表会に参加することもある。

さて、私のオケのデビュー曲は、ートーヴェンの『リオラン』曲とューベルトの『完成』であり、高校の学園祭のステージであった。コリオランは最後に最低音のGを十数小節伸ばすという初心者にとっては地獄のような部分があり、当時のボロボロ楽器で相当苦労した覚えがある。メジャー・デビュー(と言うのだろうか…)は、JMJ(少年本連合、通称『ュネス』)で比奈隆先生の指揮で第を演奏した時のトップ。この時は、初めてオーディションを受けて、いきなり大舞台のトップに抜擢されたので、プレッシャーがきつかった。その後、一郎先生の『ァラトゥストラはく語りき』、故雄先生の『想 交響曲』などをジュネスにて演奏した。その後、JMJコンサートにて先生の指揮でーラーの交響曲第二番『活』を演奏したことが、きっかけでンフォニカに入団し、首席奏者として現在に至っている。

また、現在活動停止中だが、ンフォニカの首席奏者で結成したDancing Windsで木管アンサンブルもやってきた。

器は、高一の秋に井料先生の紹介で中古のュライバー(一応プロ・モデルだった)を手に入れる。これには、ッケルのボーカル(CD-1)が付いてきたので、とっても重宝した(その楽器は、その後、高校オケに寄付した)。現在は、1989年に購入したシュライバーの5091と、ヘッケルのボーカル(CC-1)を使用している(写真)。リードは、師匠のオリジナルを愛用している。

スーンは語、ァゴットは語、ソンは語。英語でファゴットは、ちと変な意味があるので私はバスーンをメインに使用している。
1997年2月初版作成。2006年06月改訂。

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